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5.ステレオ放送
5.3.複数の放送波による立体放送
民放ラジオ放送が開始された頃の1950~60年代、NHKのラジオ第1、第2放送や民放各社などが、2つまたはそれ以上の放送波を使った立体放送を行った。NHKの例でいえば第1放送が左側の音声、第2放送は右側の音声をそれぞれ放送して、2つのラジオを並べて置くとステレオ音声が楽しめるという試みだった。また、ラジオとテレビを併用した立体放送も実施された。
この方法では問題点が多く、「モノラル放送との互換性がとれず、受信機を二台用意しないと、片方のチャンネルしか聞くことができない」「左右用の受信機に位相特性、周波数特性、レベル等の特性差があると正しいステレオイメージが得られない」「周波数帯域を必要以上に占有する」「NHK等を除くと二局が協力しないと実現できない」などである。現在のFMステレオ放送や中波ステレオ放送ではこれらの問題点は解決されている。
(沿革)
- 1952年12月5日~7日 - 第1回オーディオフェアにちなみ、NHK東京第1・第2放送の放送終了後の午前0時35分~1時に立体放送の試験放送実施(音楽・街頭風景の録音再生。録音・再生機には東京通信工業製(現・ソニー)のステレオ試作テープ・レコーダーを使用)。
- 1952年12月20日 - NHK東京第1・第2放送、最初の立体放送の本放送実施(「土曜コンサート」。東京ローカルのみ)。
- 1953年1月9日 - 北海道放送・FEN北海道(札幌)、共同で日米交歓音楽会の立体放送実施。
- 1953年2月28日 - NHK第1・第2放送、第2回の立体放送の本放送を全国中継で実施(「土曜コンサート」)。
- 1953年3月22日 - NHK第1・第2放送、明治座新派劇「息子の青春」をステレオ録音にて放送。
- 1953年8月23日 - NHK第1・第2放送、初の立体放送劇「死んだ鶏」を放送。
- 1954年11月13日 - NHK第1・第2放送、世界初の立体放送による定時番組「立体音楽堂」放送開始(当番組の2波ステレオでの放送は1964年4月5日まで。その後は当時同時に放送していたFMのみでの放送に変更。同番組終了は1966年4月2日)。
- 1954年11月27日 - 第3回オーディオ・フェアにちなみ、ラジオ東京(現・TBSラジオ&コミュニケーションズ)・文化放送・ニッポン放送(東京)による三元立体放送実施(ドラマ「われを呼ぶわれの唄」など3番組を連続放送)。
- 1954年12月25日 - NHK東京、「立体音楽堂」の時間にラジオ第1・第2・総合テレビを使っての三元立体放送を実施(俳優座劇場中継 メノッティ作曲、歌劇「アマールと夜の訪問者」)。
- 1958年6月28日 - 北海道放送(札幌)、ラジオ・テレビにより立体放送の実験実施。
- 1958年9月 - 文化放送・ニッポン放送(東京)、共同で立体放送実施。翌年からは立体放送による帯番組として「パイオニア・イブニング・ステレオ」放送開始。
- 1958年11月 - 中部日本放送(名古屋)、ラジオ・テレビにより立体放送実施。
- 1959年2月16日 - 毎日放送・朝日放送(大阪)、共同で立体放送開始。
- 1959年3月1日 - NHK東京、「立体音楽堂」の時間にラジオ第1・第2・教育テレビを使って三元立体放送実施(第2回NHKイタリア歌劇公演より、ビゼー作曲・歌劇「カルメン」ハイライト)。。
- 1959年 - RKB毎日放送・九州朝日放送(福岡)、共同で立体放送実施。
- 1960年3月27日 - 関西テレビ放送(大阪)・ラジオ関西(神戸)、ラジオ・テレビによりステラマ(ステレオ・ドラマの略)「コルトを持つ男」を放送。
- 1960年10月4日 - 中部日本放送・東海ラジオ放送(名古屋)、共同で立体放送開始。
- 1960年 - 東北放送(仙台)、ラジオ・テレビにより立体放送実施。
- 1960年11月5日 - 琉球放送(那覇)がKSAR(日本語)とKSBK(英語)の2波を使って立体放送開始。
- 1965年4月3日 - 前年にNHK-FMのステレオ放送が全都道府県で聴けるようになったことを機に、NHK第1・第2放送は、この日に放送された「夜のステレオ」の最終回を最後に、中波2波によるステレオ放送を終了する。
(出典:Wikipedia)
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