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現在、50〜60代以上の高年齢層限定のジャンルという認識が強いのは否めず、若い世代のファンが圧倒的に少ない。個性と実力を兼ね備え、演歌という新ジャンルの土台を築いた、春日八郎・三橋美智也・三波春夫・村田英雄らの男性歌手や、演歌の女王と称された美空ひばり(「歌謡界の女王」とも呼ばれる)等がすでに亡くなっており、その後に続いた北島三郎や五木ひろし、森進一などの大御所歌手も実力を発揮し切れていない状況である。大泉逸郎『孫』、氷川きよし『箱根八里の半次郎』以来大ヒットはなく、全体的な低迷が続いている。また、1960年代以降に洋楽のロックや日本製のフォークやニューミュージック、アイドル歌謡などを聴いていた戦後生まれの世代が中年層になっても演歌に移行せず、ロック・フォークなどを聴き続けている者が多いことから、演歌ファンの高齢化が顕著になっている。
カラオケブームの時期に少年、思春期から青年期を過ごした30代〜50代の中、壮年層の中では親の影響も手伝い比較的認知度は高い。しかし、認知はしているが、聴く或いは唄う対象にはされず、敬遠される傾向が強い。
10代、20代の若者の中には代表的なヒット曲や、歌手の存在自体をも認知していない者も少なくない。ただし、一部ではあるが趣味、余興として激烈なファンが存在することも事実である。(テレビ番組に出演し話題を呼び、北島三郎のもとに弟子入りし、プロデビューを果たした大江裕はこの典型といえる。)
2007年、ブラジルのサンパウロにて行われた、日本人の移民100周年を記念したイベントでは日本の音楽としてJポップ等ではなく演歌が流された。(大城バネサや南かなこのような南米出身の日系演歌歌手もいる。)海外では『日本の歌といえば演歌』というイメージが強い一例とも言えよう。
そのほかの演歌の他国における受容を見てみると、アフリカのエチオピアにおける国歌やポップスがヨナ抜き音階や歌唱法などの点で日本の演歌に酷似しているという事実があげられる。これは朝鮮戦争時に日本にやってきたエチオピア兵が演歌に感動してその特徴を研究し、それを自らの音楽に取り入れたためである。エチオピアでは細川たかし、都はるみなどの日本の演歌歌手も広く受け入れられている。
これらの例は、演歌がすでに日本だけのものではなく、また、グローバルな広がりを持った歌であるという傍証となる事実だろう。