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5.エピソード
5.5.平成時代
- 1989年(平成元年)1月場所は1月7日、昭和天皇の崩御に伴い翌8日より元号が「平成(元年)」に変わった。初日開催は8日であったが中止とし翌9日に繰り下げて開催、前年(1988年(昭和63年))暮れに発表された番付には「昭和六十四年」のままであった。
- 1990年9月場所新入幕の曙は、1916年5月場所新入幕の明虎吉(「あきらか・とらきち」と読む)以来74年ぶりの一文字四股名の幕内力士となった。
- 1992年(平成4年)1月場所、幕下付出で初土俵を踏んだ大日ノ出は右膝の故障で苦しみ、30場所かかって十両に昇進。これは幕下付出力士の最長昇進記録となった。また入幕するまで43場所かかったが、こちらは2008年11月場所で武州山が59場所かかって昇進しこれを更新している。
- 1994年(平成6年)5月場所の番付で、同じ四股名の力士が記載されるミスがあった。序二段西101枚目と序ノ口東30枚目の力士はいずれも「小谷」。二人は兵庫県出身の兄弟で、序二段が兄で二子山部屋、序ノ口が大鵬部屋の力士。弟は3月場所初土俵で、5月場所初めて番付に四股名が載った。弟は「大小谷」で四股名を届けたはず、と首をかしげたが、結局急遽改めて改名届を提出し、5月場所は「大小谷」で土俵に上がった。
- 1994年7月場所の番付で、先場所までの「審判委員」(1968年1月に「勝負検査役」より改称)が、1887年(明治20年)1月場所の番付に初めて「勝負検査役」を記載以来番付から消え、1959年11月場所以来、「若者頭」「世話人」「呼出」が番付上に復活した。同時に、「委員」「年寄」は就任年月日順に番付に記載されるようになった。なお、「呼出」は立呼出・副立呼出・三役呼出・幕内呼出・十両呼出が記載されて幕下呼出以下は記載されない。
- 1996年(平成8年)7月場所、新十両に昇進した出羽嵐は、1913年(大正2年)5月場所の對馬洋(のち大関)以来83年ぶり2人目の対馬出身の関取となった。
- 1996年9月場所、序ノ口下位の1人の力士が廃業した。西61枚目志免錦は1980年3月場所初土俵以来、番付に四股名が載って通算99場所目。その内75場所が序ノ口という名物力士。1989年7月場所から21場所連続で負け越したこともあった。最高位は序二段西110枚目。持病の糖尿病もあり、最後の場所は1勝(不戦勝)2敗だった。
- 1999年3月場所、横綱曙が全休。横綱3代若乃花が10日目、横綱貴乃花が11日目にそれぞれ途中休場となり、終盤戦は横綱不在の土俵となった。番付に載った横綱が3人揃って休場するのは、1950年(昭和25年)1月場所の羽黒山(5-10日目)、東富士(3-6日目)、照國(4日目-千秋楽)以来49年ぶりだった。その上この場所は、大関千代大海、関脇武双山(現藤島)が途中休場、関脇以上8人のうち5人が休場するという異常事態となった。
- 2000年9月場所前に引退した十両の北勝鬨(現勝ノ浦)を最後に、100年以上続いた北海道出身の幕内力士は現在に至るまで出ていない。
- 2001年3月場所の番付で、闘牙(現佐ノ山)が十両に陥落したが、初代高砂浦五郎が相撲会所(現在の相撲協会)に復帰し、響矢(2代高砂)が別番付に幕内格で登場した1882年(明治15年)5月場所以来、120年ぶりに高砂部屋の幕内力士が消えた。なお1999年(平成11年)7月場所に小城錦(現中立)が十両に陥落し、出羽海部屋幕内力士が1899年(明治32年)1月場所に常陸山が新入幕以来101年で途切れた記録を大きく上回った。
- 2003年(平成15年)1月場所限りで引退した横綱貴乃花は一代年寄「貴乃花」となったため、翌3月場所の番付には年寄の欄に「貴乃花改 貴乃花光司」と記載された。
- 2007年(平成19年)5月場所限りで引退した序二段の北綾山(最高位三段目東59枚目、神奈川県出身、北の湖部屋)は荒木(本名は荒木フランシスコ・ジョゼ・タカミチ)の四股名で2001年3月場所初土俵。翌5月場所の番付に序ノ口西25枚目「荒木たかみち」と下の名を平仮名で記載された。2005年(平成17年)1月場所に「北綾山」(ほくりょうやま)と改名したが番付には「北綾山たかみち」と下の名は平仮名のままで、引退するまで「たかみち」と番付に書かれた。
- 2007年9月場所の番付で大関に昇進した琴光喜は、1970年1月場所の玉乃島以来37年ぶりの愛知県出身の大関となった。
- 2008年3月場所の番付で新三役(小結)に昇進した豪風は、1964年3月場所の関脇清國以来44年ぶりの秋田県出身の新三役となった。
- 2008年9月場所の番付より前場所までの「呼出」の表記を、1950年代に記載された頃の「呼出し」と改めた。
- 2008年11月場所、幕下西筆頭の福岡は5勝2敗の好成績ながら新十両昇進を逃した。これは十両の下位で大きく負け越している力士が少なかったことと、幕下東10枚目で7戦全勝(幕下優勝)の琴国を協会の内規(幕下15枚目以内で7戦全勝した力士は十両に昇進させる)で優先的に昇進させたからである(この他幕下東筆頭の安壮富士が6勝1敗で再十両に)。幕下筆頭で5勝2敗の成績を挙げたにもかかわらず十両昇進が見送られたのは、1966年(昭和41年)9月場所の代官山以来である。その後福岡は幕下東筆頭で迎えた2009年1月場所で7戦全勝(幕下優勝)で十両昇進を果たし、1958年(昭和33年)9月場所の隠岐ノ嶋以来、51年ぶり2人目である隠岐島出身の新十両となり、四股名を「隠岐の海」に改名した。
- 2009年3月場所の番付より、三段目格行司を幕下格行司と同列にして文字の大きさも前場所より若干大きく書き、序二段格行司以下にスペースが広くなったため、同様に序二段、序ノ口格行司も前場所よりやや大きめに書かれるようになった。
- 2009年5月場所の番付で新関脇に昇進した豪栄道は、1972年5月場所の前の山(現高田川)以来37年ぶりの大阪府出身の関脇となった。また同場所で幕下優勝を飾り、新十両昇進を決めた德瀬川は、1980年9月場所新十両の若瀬川以来29年ぶりに「川」の付く四股名の関取となった。
- 2009年7月場所の番付で、5月場所限りで引退した十両の潮丸は7月場所前に停年退職した師匠の東関(元高見山)の名跡を継承したが、番付には「潮丸改 東関大五郎」と書かれた。
(出典:Wikipedia)
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