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音楽評論家-クラシック音楽について調べるならランキング★モンスターで簡単チェック!!
1.クラシック音楽

音楽評論家という職業がいつ成立したかについては、「音楽評論」という行為をどのように定義するのか、また、職業としての「音楽評論」と、そうではないものをどのように峻別するのかを考慮する必要がある。他の分野でもそうであるが、音楽の分野でも「批評家」「評論家」「論説家」「著述家」といった言葉が使われており、これらの意味するところは少しずつ異なるのである。ドイツの音楽学者ヴェルナー・ブラウンの『音楽批評』(シンフォニア)によると、音楽史(厳密には音楽に関する文献)上に「批評家」が登場したのは1580年代の古文書だという。「彼」にはラテン語のcriticusという言葉が与えられている。

18世紀には、雑誌「音楽批評」を創刊したヨハン・マッテゾン、週刊誌「批判的音楽家」を主宰したヨハン・アードルフ・シャイベなどが登場し、音楽におけるジャーナリズムが活発化する。なお、彼らは作曲家でもあり、演奏家でもあった。文筆活動と音楽活動が分化していくのは、しばらく後になってのことである。

19世紀になると、前世紀以上に音楽雑誌の創刊が相次ぐとともに、演奏会や楽譜への批評がより一層盛んになる。クラシック音楽の大衆化――18世紀以前においては、もっぱら王侯貴族や教会のために演奏されていた――とともに、市民が「新しい音楽」に接する時の導き役として、音楽批評の役割は大きなものとなっていったのである。岡田暁生は、『西洋音楽史』(中公新書)の中で、19世紀の音楽批評の目的を「『演奏されるにふさわしい作品』=『末永く聴かれるに値する記念碑的作品』を選定すること」とみなしている。当世に活躍する作曲家だけでなく、歴史に埋もれた人の作品の中からも、「優れたもの」を発掘し、紹介する。没後長らく忘れられていたバッハの再発見は、このような環境で行われた。

録音媒体が発達し、演奏会に行かずとも、楽器や声楽を習わずとも、音楽を容易に享受できるようになった20世紀には、レコード批評が台頭する。それとともに、作品を選ぶことよりも演奏を選ぶことの方が、クラシック音楽批評の中で重要なものになっていく。作曲家と演奏家の役割が分かれていくと同様、評論家と音楽家の分業が進み、ヴァイオリニストや指揮者の前歴を持つパウル・ベッカーや、指揮者としても活動する宇野功芳福永陽一郎のような存在は少数派となっている。音楽学を学んだ者もいれば、音楽雑誌の編集者や記者が転身することもあり、あるいは吉田秀和のように、大学では文学を学んだものの、クラシックへの傾倒ゆえに音楽評論の道に進んだ者など、音楽評論家へのコースはさまざまである。

音楽雑誌などで演奏会や録音の批評を行う者の中には、音楽学者を本職とするものも多い。また一方で音楽とは全く異なる本業を持つ者が、趣味の手引きのように気軽なエッセイとして音楽評論に関する著作を書く場合もある。中には演奏や作曲など音楽を本職とするものが、音楽業界の楽屋ネタあるいは全く音楽と関係のないエッセイを書く場合もある。ここまでくると「評論」とはかけ離れ単なる個人エッセイにとどまるが、中には音楽業界に対して鋭い指摘を行うものもおり、また雑誌連載などの枠で普段は雑多な話題を書いていても時折そのような音楽批評が混ざる場合もある。

クラシック音楽も多様であるため、オペラの脚本や作曲家の伝記などになると翻訳、すなわち「文学」畑の仕事もある。したがって仏文とか哲学の卒業者から音楽の評論、解説に転じる者もある。また音楽の専門教育を受けていない者でも物理学科卒業者などから作曲、音楽理論に転ずる者もいる(初期には田中正平博士)。音楽史の場合、歴史的文書の広範な解読などが必要であるため、語学と同時に歴史学の専門知識が必要であり、手抜きをすると音楽史の大家と言われるような人物の著作でも間違いを犯していることがある。昭和初期の「音楽評論家」の著作には党派性が目立ち、誤植や事実関係の詰めが甘いものが多く、要注意である。これらは歴史的文書として扱うべきで、事実関係は再調査が必要な場合が圧倒的に多いのが実態であった。太平洋戦争中(第二次世界大戦中)になると音楽評論は全く機能しなくなり、音楽および音楽評論全体が単なる軍部の道具と化していた。

(出典:Wikipedia)

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